at 2004 07/07 09:19 編集
強引な年金法成立への憤慨がまだ収まらないうちに、国会の幕切れを見透かすかのごとく、あれよあれよという間にイラクの自衛隊の多国籍軍への参加が決まった。
小泉首相が申し訳のように野党党首をひとまとめに呼んでそのことを説明した17日、民主党の仙谷由人政調会長はCSテレビ朝日ニュースターに出演して、目をぐりぐりさせながらこう述べた。
「茶色の朝だね」
そうだ、茶色の朝ってこのことだねと私も思った。
フランスで評判を呼んだパヴロフ著「茶色の朝」(大月書店)は短いけれど印象的な物語である。
ある国で心地よく生活していた「俺(おれ)」は飼い猫を、友人のシャルリーは犬を安楽死させなければならなくなった。猫や犬は茶色以外はいけないというペット特別措置法ができたからだった。
おやおや「特別措置法」といえば、イラクへの自衛隊派遣でわが国でもおなじみだね。人道復興支援に限ってお手伝いするのだから憲法に反しないと言っていたのだけれど、こういう「特別措置法」が曲者なんだ、施行令をちょいといじっただけで多国籍軍の一員に変身とは……。
「俺」やシャルリーは、まあ猫や犬のことだから仕方ないかと思っていたら、この法律を批判した新聞が発禁になって、新聞といえば「茶色新報」だけになってしまった。しかし、茶色に従っていればそれはそれで安心だよねとも思っていたら、次は、過去に茶色以外の猫や犬を飼っていた者も国家反逆罪になることになってしまった。
物語のペット特別措置法は拡大適用され、日本の現実のイラク特別措置法もまた変幻自在。そもそも大量破壊兵器があるだなんてうそ八百のイラク戦争だったのに、まあそれは今更いいじゃないかとのめり込む小泉政治のどさくさまぎれ、なし崩し。日本の国際貢献はきちんと定めるべきだという改憲論の仙谷氏であればこそ、法治主義に違背する「茶色の朝」を憂えているようである。
もっとも政府の言うことがあてにできないのは、いまに始まったことではない。
国旗国歌法を成立させた小渕内閣の野中広務官房長官が「強制はしない」と明言していたのに、いまや生徒が立って国歌を歌わなかったと言って先生の処分はするわ、生徒がちゃんと歌っているかどうか声量を調査するわ、教育委員会は国家反逆罪を問うかの様相である。
「茶色の朝」の物語はこんな展開になる。シャルリーは逮捕される。そもそも茶色党がペット特別措置法を出したときに嫌なものは嫌だというべきだったと「俺」は反省する。しかし政府の動きはすばやかったし、「俺」には毎日やらなきゃならないこまごました仕事も多い。一体、どうすりゃよかったんだ。こんな朝早く「俺」の部屋のドアをたたくのは誰だ……。
この本は、フランスで極右のルペン氏が台頭したとき、それに染まってはいけないと書かれてベストセラーに。フランスでは茶色はナチスを連想させる色と高橋哲哉東大教授は解説を書いている。人々が日常に追われているうちにいつのまにか茶色の風景に変わっていく恐ろしさ。いま日本で「茶色の朝」を警告する人はいないのか。
例えば「9条の会」「憲法行脚の会」それぞれの発足はそれかもしれない。
「9条の会」のメンバーは井上ひさし、梅原猛、大江健三郎、奥平康弘、小田実、加藤周一、澤地久枝、鶴見俊輔、三木睦子の9氏。「憲法行脚の会」は落合恵子、姜尚中、佐高信、城山三郎、土井たか子、三木睦子の6氏。仙谷氏の立場とは違い、両会はなし崩し改憲もよくないけれどさらに明文改憲に進むのを食い止めたいとの気持ちが噴き出したものだろう。
両方の会に名を連ねる三木睦子さんがあいさつした。
「夫三木武夫(元首相)から聞かされていた。ぼくは自民党が憲法改正して戦争をするようにならないように、自民党を離れないでいるんだよと。戦争のころ小泉さんはよちよち歩き。怖さを知らないのでしょう。自衛隊は海外でドンパチするのでなく私たちを守って。おばあさんもこれからは言っていく」
−− 6月22日 朝日新聞より転載 −−