「諸君」1998年5月号より
「カネがなければ刷りなさい」
−ケインズも説いた救国の超ウラ技 ケチな減税より国民ボーナスを!
「政府紙幣」を発行し、赤ん坊からお年寄りまで
国民全員に40万円の臨時ボーナスを支給せよ!
丹羽春喜大阪学院大学教授
昭和五年(一九三〇年)兵庫県生まれ。関西学院大学経済学部、
同大学院経済学研究科博士課程卒関西学院大学社会学部教授、
筑波大学社会科学系教授、京都産業大学経済学部教授を経て、
現在、大阪学院大学経済学部教授。経済学博士。日本学術会議第16期会員をも務めた。
著書に『社会主義のジレンマ』『ソ連軍事支出の推計』(「防衛図書出版奨励賞」受賞)
『ケインズ主義の復権』『日本経済再興の経済学』『日本経済繁栄の法則』ほか多数
いまの日本経済は骨を噛むような悪循環に苛まれています。まず不況と政府の財政破綻との悪循環。景気が落ち込み、成長率が低くなると当然、財政収入は減り、財政は赤字になります。すると大蔵省はじめ政府は財政保守主義に走り、増税をやり、財政支出を切り詰める。これは結局、総需要を減らし、景気をさらに冷却化させてしまいます。
さらに企業のリストラがそれに拍車をかけている。不況の圧力に押されて、個々の企業が必死になって合理化努力をして、それぞれに何とか業績を維持しようとしても、全体で見ると合理化はお互いの受注を削り合うことですから、結局、これも総需要を減らし、不況は深刻化し、すべての企業が苦しむことになる。政府の緊縮財政の場合も、このような企業のリストラの場合も、経済学で言う「合成の誤謬」にあたるわけで、自分たちで自分たちの首を締め合っているのです。
そしてこの二十年間、日本を苛んできた外国為替レートの悪循環もいまなお続いています。1973年に外為相場がフロート制に移行してからというもの、日本の産業は不況になると必死に合理化努力をして、輸出を増やすことで生き延びようとしてきました。しかし内需拡大、つまり総需要を増やすことをせずに輸出ドライブに頼ったため、結果として貿易黒字が拡大してしまった。フロート制のメカニズムでは貿易黒字の拡大は当然、円高を招きます。それによって産業はダメージを受け、景気回復が挫折するという図式を繰り返してきたのです。昨年春からの貿易黒字の激増は、このプロセスが依然として続いていることを物語っています。
七〇年代の後半から続いてぎているこれら三つの悪循環は、平成不況になってから、極めて激烈になり、いまや、いくら努力を積み重ねても、元の木阿弥に戻ってしまう「賽の河原」の様相を呈しています。
財政出動による大規模な内需拡大政策を断行せよ
しかしこれらの悪循環の元凶はすべて国内の総需要の不足に求めることができます。ですから、それを断ち切るには、経済学を少しでも学んだことのある者ならすぐにわかるように、思い切った財政出動による大規模な内需拡大政策が断行されさえすればそれでよいわけです。
それが行われていないのはなぜか?
一言でいうと、「財源がない」と思い込んでいるからです。たしかに現在、日本の国家財政は、毎年の財政赤字が巨額であるばかりではなく、約260兆円の国債残高をはじめ、旧国鉄債務や財政投融資のコゲつき、ざらに地方財政赤字へのバックアップの必要など「隠れ借金」と呼ばれるものを含めると、おおよそ500兆円近くもの借金に喘いでいます。
無知蒙昧な経済論議を排せよ
このあまりに巨大な国家債務に、政府のみならず、経済評論家や学者までもが、パニック的状況に陥り、深刻な不況の真っ只中にあるにもかかわらず、いまや日本の財政がとるべき道は三つしかないと叫びだしているありさまです。
すなわち支出を極端に削減する一方で、猛烈な増税の「苛斂誅求」をしろと言う。いまそんなことをすれば景気はますます悪化し、ことによってはGDPが半分くらいまで落ち込んでしまうかもしれない。想像を絶する大不況となり、国民の生活水準の低下は悲惨をきわめることになるでしょう。
つぎにはいっそのこと「国家破産」をしてしまえと言う。国家破産法を制定して、国がその借金を踏み倒すしかないという乱暴な議論です。しかしいま何十兆円かの不良債権を抱えているだけで銀行や保険会社など金融機関は深刻な危機に直面しているのに、新たに何百兆円もの債権が踏み倒されたら、日本経済がどういうことになるかは火を見るより明らかです。
さらには、物価を何千倍にも上げる「ハイパー・インフレーション」をつくり出し、すでに発行されている国債を紙屑同然にしてしまおうという声まで出ています。
これら三つはどれをとっても亡国の政策で、本当にこれしか道がないとしたら、日本はもはや亡びるしかないことになる。果たしてそうなのでしょうか。
「景気振興のためのカネは印刷機からくる」
過去二十年、世界中で、「反ケインズ主義」の支配的流行があり、各国は誤った金融・財政政策を採用し、経済を悪い方向に導いた例が目立ちます。たとえばレーガン政権時代の米国では、軍拡で財政赤字がどんどん拡大したにもかかわらず、確信犯的な「反ケインズ主義者」であったFRBのボルカー議長が頑に金融緩和によるファイナンスを拒んだため、米経済は超高金利とドル高に痛撃され、深刻な産業空洞化に悩まされました。先ほど述べた自暴自棄としか言いようのないわが国の評論家たちの三つの政策案なども、その典型です。
しかしケインズ経済学の原点に立ち返れば、今日このような事態の解決策は60年も前から示されているのです。
ラーナーの『雇用の経済学』の第一章を思い出せ
大学で近代経済学を学んだことのある人なら、必ず一度は耳にしたことのあるケインズ経済学の古典的名著、ラーナーの『雇用の経済学』の第一章を思い出してください。そこには、
〈景気振興のための政府支出のためのカネは、どこからくるのか? それは印刷機からくるべきなのだ!(中略)租税や 国債からくるのではない。租税や国債は、ただ総支出(総需要)を調節するための手段でしかないのだ〉
と書いてあったはずです。
そもそも最も初歩的な教科書にも必ず書いてあることですが、国家が財政収入を得る方法は三つあります。一つは租税の徴収、もう一つは国債の発行、そして三つ目が通貨の発行です。いまわが国は国家財政が破綻に瀕しており、総需要への(したがって景気への)悪影響を考えると、租税はこれ以上徴収できない、国債発行も限界まできているとなれば、ラーナー教授が推奨しているように、通貨(政府紙幣)の発行でそれを賄うというのは、極めてオーソドックスなことなのです。
「政府紙幣」を財源に大規模な財政出動を行え
いまの経済状況への処方箋としては、「政府紙幣」を発行し、それを財源に大規模な財政出動を行え、というのがケインズ経済学の最も基本的な教えであり、いま選択可能な有効な政策はこれしかないのです。
日銀券のほかに新たに紙幣を刷るのは、まるで「贋金」づくりではないか、というイメージを持つ人もいるでしょう。しかし貨幣経済においては、すべての貨幣は本質的には贋金のようなものです。南洋諸島では今世紀になってからも、石の円盤が貨幣として機能してきました。またかつて徳川幕府は佐渡の金山から掘り出した「金」という金属(これも石と同じで、本質的な価値を持つものではなく、あくまで信用が付与されることで貨幣として成り立っています)を鋳造した「政府通貨」を発行することを財源として、三百年にわたって財政を維持してきました。何よりも、いまわれわれが日常的に使用している硬貨は日銀が発行したものではなく、政府が発行した「政府通貨」です。これらはすべて贋金ですか?
わが国には「真の財源」がある
しかし大量に政府紙幣など発行したら、それこそハイパー・インフレが発生して国民経済が破壊されるのではないかという疑問を持つ人もいます。もちろんそんなことはありません。
なぜならば、現在のわが国においては、この政府紙幣は経済全体の生産能力の余裕−−いまそれはデフレ・ギャップという形で存在しています−−という確固たる裏打(言うまでもなく、これこそがわが国の経済社会の「真の財源」です)があって発行されるものだからです。
いま日本では膨大な生産能力がムダになっています。経済企画庁の国民所得部が行っている推計によると、1970年、高度成長時代の末期と比較して、現在は、企業の資本設備は約6倍半になっているのに対し、実質総生産(実質GNPないしGDP)は2倍半、鉱工業生産も2倍程度にしかなっていません。これだけ見てもかなりの資本設備が遊休していることがわかります。また労働力も同じで、失業率の上昇や就職難だけではなく、残業時間の短縮、また社内失業というものも含めると、相当な労働力が遊休状態になったままです。
デフレ・ギャップが大きいときにハイパー・インフレは発生せず
このようにマクロ的に需要が不足して実質生産が生産能力を下回っているとき、その差をデフレ・ギャップと呼ぶわけで、資本設備と労働力を総合した生産能力から見て、いま日本では控えめに見ても、GDPベースで30〜40%ものデフレ・ギャップが生じています。つまり年間、200〜300兆円という巨額の潜在的なGDPが、実現されないまま虚しく失われているのです(近年、経企庁はこのことを国民の目から秘匿し続けています)。
これとは逆に、需要が生産能力を上回っているとき(実質生産は生産能力を上回ることができませんから、この場合はモノ不足になります)、その差を「インフレ・ギャップ」といい、インフレ的な物価上昇(ディマンドプル・インフレ)を引き起こすことになります。
このように生産能力の上限という「天井」よりも、需要が下回っているか、それとも上回っているかで、デフレ・ギャップ、インフレ・ギャップが生じることがわかれば、デフレ・ギャップが存在する間は、決してインフレ・ギャップは発生しないことがわかります。
もちろんデフレ・ギャップが生じているのに物価上昇が起きることもあります。たとえば74年〜80年の石油価格上昇期がそうでした。これはOPECの独占力にものを言わせた力ずくの原油価格値上げという、わが国の需給とは関係のない特別なコスト・アップ要因が、不況にもかかわらず物価を押し上げました。こういうケースを「スタグフレーション」といいますが、現在、世界を見渡しても、OPECも力を失っていますし、スタグフレーションを起こす要因は見当たりません。
毎年実質7%成長しても、10年間インフレ・ギャップは生ぜず
年間でGDPの30〜40%という巨大なデフレ・ギャップを抱えている以上、そして生産能力の上限という「天井」が、いまでも少しは上向き勾配である以上、いま日本経済が急激に好転し、たとえば毎年実質7%といった高度成長に入ったと仮定しても、10年くらいは、このデフレ・ギャップ状態は解消せず、当然、その問はインフレ・ギャップは生じないという計算は、経済学者ならずとも、誰でもできるはずです。
「豊饒の中の貧困」を解消せよ
またいまの日本は、これだけ膨大な生産能力の余裕がある一方、貧困に喘ぐ人を大量に生み出しています。高齢者問題との関連では、年金や社会保障が年々削られ、増えつづける失業者の対策も不十分です。阪神大震災で個人資産のすべてを失ってしまったような罹災者たちも、ごくわずかの義援金(全壊一戸当たり20〜40万円)が与えられたにすぎず、いまだに多くの人が粗末な仮設住宅で、わずかに雨露をしのいでいるのを見ると心が痛みます。
このように生産能力の余裕という社会にとっての「真の財源」が膨大であるにもかかわらず、それが活用されずに貧困が生み出されていく状況を、ケインズは「豊饒の中の貧困」と呼んで強く批判しました。総需要を増やすことで、この「真の財源」を活用しようという政策姿勢こそが、ケインズ経済学の基本的なビジョンなのです。
明治新政府も「政府紙幣」で成功した
そこで政府紙幣の発行に戻りますが、すでに日本ではこの一見、荒唐無稽とも見られる政策で国家財政と国民経済を救った例があります。それは明治維新のとき、新政府のいまで言えば大蔵次官のような立場にあった由利公正の献策で行われた「太政官札」(その後、「民部省札」)の発行です。由利は「五箇条御誓文」の下書きをしたことで有名ですが、明治政府きっての財政家でもありました。
当時の日本は、三百年続いた徳川幕府が崩壊し、経済は先行きの不透明感で麻痺、萎縮し、江戸の町がすっかりさびれるなど、いまでいうデフレ・ギャップが生じていました。それを憂慮した由利は、太政官札という「政府紙幣」を発行することで、新政府の財政収入を確保し、戊辰戦役の戦費を賄い、近代化のための政府支出も積極的に行ったうえ、さらにはこの紙幣を民間にどんどん融資して経済活動を刺激しました。おかげで明治政府は文明開化とともに富国強兵にも成功することができたのです。
しかも明治十年に西南戦争が起き、その戦費支出でインフレが発生するまでは、基本的に物価が安定していたことは注目に値します。デフレ・ギャップという「真の財源」がある間は、いくら紙幣を刷ってもインフレ的な物価上昇にはならないことの証左です。
ちなみに、政府紙幣発行に反対する論者は、その理由として西南戦争後のインフレ処理のため、松方正義蔵相による苛烈なデフレ政策、いわゆる「松方デフレ」が必要だったではないかと指摘するのが常ですが、これはまったくの誤りです。当時の物価を調べていくと、松方が蔵相に就任する明治十四年以前、大隈重信蔵相時代に、すでにインフレはおさまっていたことがわかります。「松方デフレ」は不必要だったのです。
1930年代は緊縮財政によって大恐慌に
ついでにケインズ経済学が確立するきっかけとなった、1930年代の大恐慌も振り返っておきます。
アメリカは20年代の終わりに一種のバブル景気を迎えました。それが29年、ウォール街の株の大暴落をきっかけに、バブルがはじけたわけですが、ときのフーバー政権は、きびしい金融引締めと財政支出の緊縮をやって、不況を極めて激しいものにしてしまいました。
イギリスでも、初の労働党政権であったマクドナルド内閣が、緊縮財政に走り、いまの日本と同じく、景気が悪くなると財政収入が減るので一層財政を緊縮する、それが再び景気を冷却するという悪循環に陥りました。フランスも、政権はめまぐるしく交代しながらも、だいたいにおいて厳しい緊縮財政で、景気を冷し続け、ドイツも練達の財政家と自認していたブリューニング首相が、大戦の賠償金を支払う必要もあって、これまた極端に厳しい緊縮財政と金融引締めを長く続けたといった具合に、世界の主要な国家のほとんどがデフレ政策に猪突猛進していたのです。
日本もいうまでもなく浜口雄幸内閣のもと井上準之助蔵相が財政緊縮と金融引締めを行いました。さらに井上財政では、一種の固定為替レートである金本位体制への復帰を断行します。ところが非常に円高なレートで復帰したため、日本の輸出は壊滅的な打撃を受けます。かくて昭和5年ころの日本の景気は、それこそ目も当てられない惨状を呈することになりました。
このようにして「世界大不況」は起きたわけですから、これはまったくの「デフレ政策不況」、つまり国際的な政策不況であったということができます。
新規発行国債を日銀が直接引き受けし、大々的内需拡大政策により不況脱出
日本が大恐慌から脱出できたのは、昭和6年末からの高橋是清蔵相と深井英五日銀総裁のコンビが行った、いわゆる「高橋財政」のおかげです。新規発行国債を日銀に直接引き受けさせ、それで得た資金で大々的に内需拡大政策を行ったのです(それは「政府紙幣」の発行と極めてよく似た政策と言えます)。同時に対外為替政策でも、金本位制をやめ、フロート制に変えたため、円安になり、輸出が伸びた。当時、日本からの輸出品は諸外国から差別的な扱いを受け、あちらこちらでボイコットの憂き目にあっていますが、それでも「高橋財政」は日本経済を回復させるに十分に効果的だったので
す。
日本は5年も前に模範的なケインズ政策を実施
これはケインズ型の政策が体系化される5年も前の話なのですが、まったく模範的なケインズ政策であったといえます。
アメリカのニューディール政策はいうに及ばず、ドイツでもヒトラーのナチス政権の初期、シャハト経済相兼国立銀行総裁が高橋財政と非常によく似た政策を行い、景気を回復させています。
現在は戦争をしているわけでもなければ、世界恐慌が起きているわけでもなく、また日本の輸出品が世界市場で広範にボイコットされているわけでもありません。そしてデフレ・ギャップという「真の財源」が巨大なのですから、その裏付けで政府紙幣を発行するというオーソドックスな財源調達方法を利用すれば、極めて容易に、決定的な景気振興策をいくらでも実施することができるはずなのです。
政府紙幣発行の長所
さらに政府紙幣発行にはいくつもの長所があります。
たとえば「クラウディング・アウト効果」や、「マンデル・フレミング効果」を引き起こさないことです。
クラウディング・アウト効果とは、ケインズ的な積極的財政政策を行うために、財源として新規国債を発行して、民間にそれを引き受けさせる(いわゆる市中消化)と、それによって資金が市場から吸い上げられ、民間資金が不足して、市中金利が上昇することを指します。そのため金融機関の貸し渋りや、民間投資の抑制が起き、結局は内需拡大の効果がなくなってしまうことがあります。マンデル・フレミング効果とは、そうした金利の上昇が円高を招き、輸出を押さえつけることで景気をさらに悪くすることを指します。
これらの現象は、高橋財政のように、国債を日銀が直接引き受け、市中消化しなければ発生しないし、また市中消化したとしても、金利上昇が見られたら、日銀が民間から既発国債やその他の有価証券を買い取って、その代金の形で市場に資金を供給する「買いオペレーション」を実施することで防ぐことができますが、財源が政府紙幣ならば、そのような心配ははじめから必要がありません。
また国債を発行して、それを民間に買わせた場合には、政府はそれに対して、いつかは必ず利息の支払いや元本の返済を行わなくてはならず、いずれは財政を圧迫する要因になります(いまの日本の国家財政はまさにそれです)。その点、政府紙幣は返済する必要もなければ利息の支払いに迫られることもありません。それは正真正銘、政府の財政収入となるわけです。年間300兆円というデフレ・ギャップの範囲内ならば、これはまさに「打出の小槌」なのです。
「打出の小槌」の使い方
そこでこの「打出の小槌」の使い方を考えてみます。
いまの日本はまだまだ社会資本、社会保障、防衛力など不十分なところは多々あります。それらに支出することで、結果として総需要を増やすということが、まず考えられます。しかしこれらには各省庁、各自治体において十分練られた企画、設計の準備が必要で、現時点でそれはほとんどなされておらず、いますぐ実行に移すことは難しいでしょう。しかし不況対策はいますぐやる必要がある。
国民全員に40万円の「臨時ボーナス」を
そこで単刀直入かつ最もオーソドックスなケインズ的政策を採用し、〈赤ん坊から老人までの全国民に一律に政府が「臨時ボーナス」を支給する〉というやり方が一番良いのではないでしょうか。
日本経済はいうまでもなく資本主義型の私有財産制と自由な企業活動に基づいた市場経済システムを採用しています。このような市場経済では、「消費者主権の原理」が働くという大きな特徴があります。簡単に説明すると、消費者の使うお金の一枚一枚にぴったりと合うように、消費財はもちろんのこと、直接・間接にそれに応じて生産財や中間財も供給され、産業構造や経済構造も消費者が求める形に適応していくということです。
ですから無計画な公共投資を行うよりも、消費者に直接お金を渡した方が、景気対策としてもミスマッチは起きにくいし、起きてもより局部的かつ短期的で済み、経済全体に歪みが生じることはありません。また一律の臨時ボーナスの支給なら行政機構が肥大化する心配もありません。政府は銀行などの金融機関に電話一本で指示を伝えるだけでいいのですから。
さらに減税に比べて公平で即効性があります。減税はもともと税金を支払っていない人には戻ってきませんし、貧富の差を広げることにもなります。またもともとお金を持っている人に、さらに税金の還付などの形でお金を渡しても、それが消費につながるには時間がかかります。
40万円の臨時ボーナス支給でGDPを100兆円押し上げる
いま仮に一人当たり40万円の臨時ボーナスを1億2000万人の国民すべてに支給したとします。夫婦と子ども二人の4人家族なら160万円が銀行口座に振り込まれ、その家族の支出がぐっと増えることになります。もちろん貯蓄も増えますが、それも間もなく直接、間接に消費あるいは投資のために大部分が支出されます。こうしてこの総額約50兆円の財政支出はいろんな波及効果、いわゆる乗数効果−−日本のいまの乗数効果の値は、疑う余地もなく2.4〜2.5であると推計できます−−を発生させ、1年半か2年のうちにGDPを少なくとも100兆円は押し上げ、平成不況などは一瞬に吹き飛んでしまうはずです。もちろんそうなれば、政府の財政収入は飛躍的に増え、「打出の小槌」を勘定に入れなくても国家財政はゆうゆう黒字化します。そのうえ「打出の小槌」を利用して、既発国債の償還、回収を進めることも、どんどんやれます。
大蔵省は経済対策を行ったように見せかける
平成不況がはじまってから6回の総合経済対策が打ち出されましたが、ほとんど何の見るべぎ効果もなかったことから、このようなケインズ的政策は役に立たないのだというイメージが振りまかれました。しかしそれはまったくの誤りです。これら第一次から第六次の総合経済対策には、大蔵省の詐術があったことを見逃してはなりません。
たとえば1992年8月の宮澤喜一内閣における第一次総合経済対策を取り上げてみます。このとき8月の終わりに総額十兆七千億円の景気対策が約束されましたが、12月に国会を通過したそのための補正予算はわずか2兆円で、しかもこの2兆円の補正予算にしても、不況による財政収入の減少をある程度補えるといった意味のものでしかなく、当初予算から比べると七千億円の減額補正だったのです。これでは景気浮揚にならなかったのは、当然でしょう。
それに続く五回の総合経済対策も、ことごとくリップサービス的なものに止まり、有効需要への政策的追加額は、ごくわずかなものに止められてきました(6兆円減税がいくらか実体的な意味を持った程度です)。年々緊縮の度合いを増す当初予算による景気冷却効果の方が、ずっと大きかったというのが実情です。要するに総合経済対策なるものは、「騙し」だったのです。
その点、「臨時ボーナス」政策は直接、そして確実に有効需要の大幅増加に結びつきますから、まやかしの総合経済対策なるものとは比べものにならない効果を発揮するのです。
「臨時ボーナス」政策は内需拡大によって円安にする
またこの政策はいままでのような輸出ドライブによる景気支持ではなく、内需拡大によるものなので、輸入が増え、貿易収支の不均衡が是正されます(アジア諸国や米国などもそれを熱望しています)。貿易収支の黒字が減る、または赤字になることで為替レートは円安に振れ、日本の国内産業は対外競争力を取り戻し、産業空洞化に歯止めがかかるのです。
これはいま盛んに言われている高コスト構造の是正でもあります。いま多くの評論家がケインズ的政策排撃を叫び、労働者の首を切り、賃金を引き下げることで高コスト構造を是正しろと主張していますが、そんなことをすれば不況はますます深刻化します。本来、高コスト構造の是正は内需拡大による円の為替レートの引下げで行うのが近代経済学に立脚して考えた場合の最もオーソドックスな方法なのです。
「超円高」の来襲を防ぐ妙案
ここで「臨時ボーナス」のほかにもう一つ、政府紙幣を有効に使う方法を提案したいと思います。
いま貿易黒字が再び増加していることは冒頭で述べました。これが早晩、円高となって日本経済を襲うことは間違いありません。この四月一日より改正外国為替管理法が施行され、いよいよビッグバンがはじまるので、日本の資金が外国へ流出し、円は安くなると思っている人が多いようですが、それは一時的なもので、貿易収支が大幅な黒字であるからには、必ず円が高くなる局面がきます。すでにアジア諸国の通貨と対比して見れば、ずいぶん円高になっています。
現在のような激しい不況に加えて、平成7年の1ドル=79円などというハイパー円高が再び来襲すれば、日本経済は完全に破綻するでしょう。これは何としても阻止しなくてはなりません。
「現金ベースの無制限ドル買取介入」を行え
そこでそのような「超円高」が来襲した場合には、断固として「現金ベースの無制限のドル買取介入」を行え、というのが私の考えです。
ここでまず国際通貨市場のメカニズムを少し説明しておきます。現在、国際通貨市場では1日に1兆ドルもの取引が行われています。ですから日銀がそのディーリング・ルームからたかだか数十億ドルの介入を外国為替市場に対して行ってもほとんど効果はありません。一昨年、G・ソロス率いるヘッジ・ファンドなどの投機筋が英ポンド売りを仕掛けて、英中央銀行の必死の介入にもかかわらず、英ポンドが暴落したのは記憶に新しいところです。
しかしこれらの取引のほとんどが「現金の売買」ではなく、「空売り」と「空買い」であるところに注目してください。だからこそ1日に1兆ドルもの取引が可能になるのです。実際、ドルの現金は、世界中からすべて掻き集めても四千億ドルくらいしかないのですから、現金ベースでの介入が為替相場に大きな力を発揮するはずです。
たとえば平成7年の1ドル=79円という円高の時点で、日銀が現金のドルならば1ドル=130円で無制限に買い取ると宣言したらどうなったでしょうか。投機筋は一斉にドルの「現引き」に走る、つまり現金のドルを掻き集めようとする。しかしあの当時、地球上にドルの現金は、たった三千数百億ドルしかありませんでした。だから必然的に国際通貨市場はドル買い一色になり、ドルは高騰、円は暴落して、1ドル=130円で落ちつくことになったでしょう。円高はあっという間に阻止、是正されてしまったはずです。
これを、政府紙幣を財源にして、政府ないし日銀が行うのです。もちろん日銀が政府紙幣との両替で出した日銀券を使ってそれをやってもかまいません。また日銀は買い取ったドルを担保にして日銀券を発行することができるのですから、政府や日銀にとっては、そのような現金ベースでのドルの買い支えのための資金は、印刷機を回しさえすればよいのですから、事実上、無尽蔵です(ただしその逆に、円安になろうとしているとき、円を買い支えようとしてはなりません)。そして政府、日銀の手元に集まったドルで、アメリカの国債、社債、公債などを大量に購入し、日本の既発国債とそれを交換すればどうでしょうか。もちろん1ドル=130円で無制限にドルの現金を買い取る政策は断固として継続しますから、わが国の投資家は為替リスクを負わなくて済みます。
さらにこのような方策は、現在、政府財政を圧迫している国債の回収策になるだけでなく、過剰流動性の予防にもなるはずです。国債をどんどん現金で償還していくとそれだけ市場に資金が出回ります。いまの状況ですと、多少は流動性が高まった方が、株価対策や不動産価格対策という意味でもいいのですが、それが過剰になると再びバブル期のような投機が横行する不健全な状態が生まれます(ただしデフレ・ギャップが存在していますので、その場合でも一般物価は安定したままですが!!!)。しかしこの国債交換という方策を使えば、それらを適正なところに維持することも可能になるのです。
「国民経済予算」が、必要
これまで政府紙幣の発行が非常に優れた政策であることを縷々述べてきましたが、一つだけ気をつけなくてはならないことがあります。それはデフレ・ギャップが解消し、インフレ・ギャップが生じかけているときに、なおも発行を続行して支出を増やし続けると、それはハイパー・インフレを引き起こし、国民経済を破壊するということです。
ですからその「歯止め」のために、いまどのくらいのデフレ・ギャップ(またはインフレ・ギャップ)が発生しているかを計測し、どの程度の規模の内需拡大策をどのくらいの期間続けるとそれが解消されるかを見積もることを「国民経済予算」といいますが、それを作成する必要があります。これを管理する「国民経済省」あるいは「総需要管理庁」といった担当官庁を設立して、そこに政府紙幣の発行の権限も付与し、毎年、国民経済予算も議会の審議、承認を受けるようなシステムを構築して、それを現行の市場経済に加えれば、それは人知の及ぶかぎり最も望ましい経済システムといえるのです。
これはノーベル経済学賞を受賞したオランダのティンバーゲン教授などが提唱したシステムで、かつて大来佐武郎氏が経済企画庁にいたころ、同教授を日本に招聘して、講演会などを開き、この「国民経済予算」の制度化について国民に理解を求めたことがありました。当時、中曾根康弘氏も、マスコミなどでそのような主旨の提言の観測気球を上げておられたのですが、結局、高度成長期だったこともあって、実現には至りませんでした。いまから考えると残念な限りです。
間もなくアメリカも景気後退期に入る
いま日本経済とアジア経済は塗炭の苦しみを味わっていますが(そもそもアジア諸国の経済苦境は、日本の不況が主要な原因で起こったのです)、世界全体で見るとアメリカの好景気のおかげで、世界恐慌には至っていません。しかし「ニューエコノミー論」のようにアメリカが景気の循環から解放されたというのは誤りで、間もなくアメリカも景気後退期に入るでしょう。
この場合、問題なのは、アメリカには財政均衡法があり、景気が後退しても柔軟で弾力的なケインズ的財政政策を発動して、景気回復をはかるということができなくなっていることです。
EUの統合は間違いなく景気後退の引き金となる
またヨーロッパも、EUの統合は間違いなく景気後退の引き金となるでしょう。経済統合、とりわけ通貨の統合は、各国が独自の金融・財政政策で自国の経済を守ることができなくなることを意味しているからです。東西ドイツの統合を思い出してください。かつて分割状態にあったときには、東ドイツマルクと西ドイツマルクは、公定レートでは一対一だったものの、実質レートでは五対一くらいで取引されていました。この交換レートが東ドイツ製品にハンディキャップを与えて競争力を生み出し、まがりなりにも東ドイツの産業は成り立っていたのです。
ところが統合後、同一マルクを用いるようになると、これまでそのような交換レートがハンディキャップ効果を果たしていたのが失われ、旧東ドイツ地域の経済は完全に破綻してしまいました。それがドイツ全体の景気を悪くしています。
EUの統合は、同じことがヨーロッパのいたるところで起こることを意味しています。それでなくても、ヨーロッパは「反ケインズ主義」の強固な支配下にあって、現在すでに、全般的な不況に苦しんでいるのです。これにアメリカ経済の後退が重なると、日本およびアジアの深刻な不況と連動して、第二の「世界大不況」が発生するという、たいへんな悲劇が幕を開けることになります。
ですから日本だけでも、まず現在の不況から立ち直り、アメリカに代わって世界経済の屋台骨を支えることが切実に求められているのです。いまこそ政治決断が必要とされているのです。
政府紙幣発行案に対する橋本総理の答弁
昨年の十一月二十日、参議院の「行財政改革・税制等に関する特別委員会」で、民友連の吉田之久議員が、同月九日に私が産経新聞の「論点」に書いた政府紙幣発行案をもとに、橋本龍太郎首相に質問を行いました。そのとき、橋本総理は、「これは日銀券との間にどのような関係を持つのか、問題を生じるおそれがないとは限らないと思います」と答弁されていました。
通貨の両建て問題は解決可能
しかし問題は政府紙幣の発行を財源とするという考えを基本的に持つかどうかで、もし決断したならば、通貨の両建ての問題など、技術的な応用問題としていくらでも解決はできるのです。
すでに硬貨という政府貨幣が流通しており、百円硬貨を百枚、銀行に持ち込めば一万円の日銀券と交換してくれるというように、何ら不都合は生じていないのですが、それでも心配というならば、たとえば五十兆円分とか百兆円分とかの政府紙幣の発行権を政府が日銀に売って、日銀はその権利を担保にして日銀券を発行して政府に渡すという手段もあります。
大切なのは、デフレ・ギャップという「真の財源」を有効に活用して「豊饒の中の貧困」から一日も早く脱出することであり、そしてそれは十分に可能だということなのです。
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